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2016/08/28

英語化は愚民化


 英語化は、日本人の創造性を奪う政策である、また、新自由主義者が打ち出す政策の一つである、と論じている一冊。

 中でも面白かったのは、夏目漱石が、最近の学生は英語の勉強が衰えているという趣旨の話を書きとめていることである。
 明治期に、伊藤博文など政治関係者に限らず、岡倉天心、津田梅子らも欧州に留学・居住し、法律、芸術や文化に係る知識・語彙を持ち帰ってきた。
 先人たちの努力や経験をもとに、知識や語彙が日本語化され、日本の学生たちは母国語で学問をすることができるようになった。
 だから、英語への勉強熱が下がるのは自然な現象であるというわけだ。
 (私が英語に取り組まない理由もここにあるのだろうか、余計なひとり言だが)

 近年のグローバル化にのせた英語教育の過熱ぶりは、時流において行かれないようにという焦りによる消費者行動であろう。
 著者によると、新自由主義者が打ち出す政策には3本柱があると言われているそうだ。
 1.開放経済 ⇒ 貿易、投資、人の移動を国境の垣根を低くして自由化する
 2.規制緩和 ⇒ 政府による経済活動への規制は最小限に抑えるべき
 3.小さな政府 ⇒ 政府は財政規律を守り、公営企業は民営化してスリム化せよ

 日本語が英米から見ると関税障壁に見えるようである。だから、日本としては、開放経済を実現すべく、役所や企業でも英語を公用語として使用する方向で、小学校でも”英語化”教育を進めているそうだ。一部の大学ではオール・イングリッシュで授業をしているそうだ。

 本書では、外国の例を紹介しながら英語化の弊害をいくつか指摘している。
 英語を使いこなせるのは一部のエリートであり、使えない者との格差が当然に開いていく。しかも、その一部エリートにおいては英米の手先になってしまう怖れもある。
 また、知識や技術も英米から輸入してしまえばよいと考え、若者の創造性が低下することも懸念される。

 さて、読後に思ったことだが、専門職や独創性の高い人にとっては、英語化されてもそれなりにやっていけそうな気がする。
 すでに、研究・開発技術者、法曹、会計士などは部分的にではあっても英語化されている。
 一方、不動産関係や証券取引関係、地方銀行などはどうなのだろうか。国内エリートだが、英語化についていけるかどうか不明な部分もある。
 単純労働に従事している人は、英語化とは関係なく働けるかもしれないが、国境を越えて入ってくる外国人単純労働者と価格競争を行うことになるのだろう。小さな政府は、彼らに何もしないですませるのだろうか。

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