2013/11/19

老子 C15 道を体得した人物

C15 道を体得した人物

【要旨】
 昔の優れた「士」は、見た目は微妙にして神秘的な洞察力を備え、計り知れないほどの深さがある。
 理解を超えているがゆえに、その姿を語るしかない。

【解説】
 守屋洋氏の解説によれば、優れた「士」は計り知れない深さを持っているので、説明のしようがないのだが、あえて形容すれば以下の通りになります。

 慎重さ・・・氷を張った川を渉るよう ⇒ 慎重そのもの
 注意深さ・・・四方の国を畏れるよう ⇒ 用心深い
 厳かなこと・・・(誰かを訪ねて)客として招かれたように端然としている(きちんと座っている)
 和やかなこと・・・氷が解けるときのよう ⇒ こだわりがない
 厚いこと・・・加工される前の材木(僕;あらき)のよう ⇒ 飾り気がない 
 心の広さ・・・谷のよう、併せのむことは濁った流れのよう ⇒ 包容力がある

 汚濁しているようであるが、いつの間にか澄み、制止しているようだが、豊かな生命力を宿している。
 道を体得した者は、完全であることを願わない。だから、ほころびが出ても繕わないのである。

【小さな会社の場合】
 小さな会社で参考にできることは2点ありそうです。
 第一に、周囲を率いるような目立つ行動に走らないこと。慎重深さと用心深さをもって、環境の変化を分析し、対応策を決めることです。
 第二に、表面的なことにこだわったり、あこがれたりせず、包容力をもって受け入れる気持ちを持つことでしょう。
 世の中は常に動いています。環境も変化します。自社の資金、人材、社長も変化します。
 組織中に、一時的に環境不適合な面が現れることもあるでしょう。しかし、それは、当然のことです。意識して徐々に治す努力をすればよいのです。
 清濁併せ飲む包容力があれば、夢のような事業計画を引っさげた饒舌なコンサルタントなどに心を動かされて、一気に組織や企業理念、商売の態様、中身を替えようなどと思うことはないのです。

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2013/11/12

C14 無状の状、無物の象

【要旨】
 見ようにも見えないもの(夷)、聴こうにも聴こえないもの(希)、とらえようにも得られないもの(微)は、突き詰めようがない。だから、そういうものだとするより他ない。

【解説】
 守屋洋氏の解説によれば、以下の通りです。
 「道」は幻でもなく、絶えることなく続いているが、形のない形、姿のない姿とも言えるし、「おぼろ」な状態と言ってもよい。
 このような「道」、太古から現在に至るまで、一貫して万物を主宰している。これが「道」の本質なのだ。

 同氏の解説だけでもイマイチすっきりしませんが、「世の中はだいたいこんな感じ、っていうものが決まっているもんだよ」と言っているようです。
 また、章の最後の行には、古の道を執りて、以て今の有を御す、とあります。
 要するに、世の中の動きを察知しようとしても、全容が明らかになりませんから、無理だよ。でも、過去から続く世の中の道理に沿えば、現象を正しく捉えることができる。
 そういうことを述べているのでしょう。
 

【小さな会社の場合】
 世の中の動きを掴むことも、その原因を理解することも難しい。
 世の中の動きがすべて見えたり、聞こえたりしてくるものではないし、世の中の位置側面しか見聞きできない。
 人間は、限られた見識と拙い智恵で、原因を探り、世の中を管理しようとしている。
 世の変動は、自然に治まるところに治まることは昔からの経験で知られている。
 たとえば、いくらスマホや携帯が売れたとしても限りがあり、大売れした反動は不良在庫や過剰設備として大きく損することになる。
 大きく益すれば大きく損する時期もあり、平均すれば、結局、放っておいた場合と差がないことも多い。行き過ぎれば元に戻ってくる。

 昭和末から平成初めのバブル経済期には、地価が上昇し、都心に人は住めないほどになったが、現在は昭和54年ごろ時価、つまり、バブル前のオイルショック後ごろの時価に落ち着いている。
 物価も同様。バブル景気で上昇しても、消費者や消費量には限りがあり、最後は在庫や生産設備の過剰により、平成のデフレにつながった。

 中小企業は、「世の中というものは、ゆきつくところにゆきつくものだ」と心得て、小回りの良さを活かし、時勢に適度に合わせて小波に乗ればよい。

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2013/11/05

C13 こんな人物なら天下を託せる

【要旨】
 立派な人物は、他人による評価に拠らず、わが心を戒める。
 称賛も批判も本質的には自分の欲を刺激するものである。
 評判に拠らず、自らを愛おしむような態度を崩さない者なら、天下を任せられる。

【解説】
 この章のポイントは以下のふたつ。
 (1)他人の評価、すなわち、称賛や批判は、本質的に違いはなく、自分(人間)の欲を刺激するものである。
 そのようなものに対し、心が反応することは他人の人生になってしまう。
 心が反応することなく、本気で自らの生き方・態度を崩してはならない。
 (2)輪w紙(心身ともに)を大切にする人物にこそ、政治を任せられる。
 他人の称賛、批判を気にする人に政治を託せば、称賛・批判で人の欲を刺激するような政治を行うようになる。
 作為的に人民をコントロールするようになり、無為自然から遠い体制を作ってしまう。無理のある体制は早晩崩れてしまう。
 

【小さな会社の場合】
 小さな会社が、ほめられると喜んで働くような態度を見せれば、相手はどういう態度をとるでしょうか。
 ほめてやれば働く、困った顔を見せれば無料でやってくれる、頼み込めば緊急対応してくれる、と思って接触してくることでしょう。
 「うちは安い客しか来ない」と言っている社長さんほど、安い客を誘い込んでいることが少なくないのです。
 こうした態度を改善する方法としては、損益予想を作ることです。
 その効果のひとつは、自分なりに「値付けに関する決まり」を意識するようになることです。予算から割り出した販売価額を前提に交渉するようになり、安易な値引きにつながりにくくなります。その結果、会社が長続きします。
 もうひとつは、予算と実績の差異から、自社と世間相場とのズレを認識することができます。生き抜くための軌道修正を図れることです。

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2013/10/26

C12 欲望の充足には限りがない

【要旨】
 この章で述べていることは、表面的な欲望ではなく、人間の本質を充足させよということでしょう。要約すると次の通りです。
 欲望を満たせば、五感的には満たされた気にはなるし、周囲も注目するでしょう。しかし、こうした刺激はエスカレートしていくため、追求を止める訳にはいかなくなる。
 一方、人の本質を捉えた人は、一時の刺激に反応することなく、また、周囲の人々もその人の精神性や安定性に惹かれるようになる。

【解説】
 きらびやかな色彩、すばらしい味覚、快い音楽は人の五感をおかしくする。
 狩の楽しみ、貴重な財宝は、心や行動をおかしくさせる。
 聖人は、内容の充実に努め、華美を追求しない。欲望の充足よりも「道」を重視する。

【小さな会社の場合】
 この章で、小さな会社が参考にできることはふたつあります。
 ひとつは、見た目をよくしろと勧誘してくる業者に注意することです。
 ホームページや会社案内といったものは、きらびやかにしようと思えば限りがありません。電子商取引やブログ機能をつけていくと、会社が大きく見えてきます。一旦始めるとエスカレートしていくばかりでお金がかかります。
 その一方で、ホームページから見込み客が問い合わせしてきても、小さな会社はキャパシティがないですから、見込み客を取り逃がすことも多くなります。さらに、対応が下手だと、悪い評判がたつとも限りません。
 結局のところ、広告業者だけが儲かって終わるということもよくあります。

 もうひとつは、政策による特需やブームに惑わされて、自社・自分に合っていないサービス提供をしないことです。
 特に、先行投資を要するものには注意が必要です。途中で止められなくなってしまうからです。
 会計事務所であれば、相続税法改正で、申告しなくてはならない人が増えるだろうとの予想から、資産税のノウハウを身につけようという主旨の税理士向けセミナーが流行っています。
 元来、年間計画に基づいて事務所運営をしようとしている人にとって、相続税は臨時収入に過ぎません。
 確かに、「相続税に強い税理士」というと頭も良くて、収入も多そうに聞こえます。しかし、顧問先の会社にご不幸があったときは、自分でせず、信用できる他の税理士にヘルプを求めることも一考です。
 初めてのことは勉強になるから引き受けるべきとの意見もありますが、自分の目標やキャリア、優先すべき物などから総合的に考えるべきでしょう。
 詳しくもない分野で、しかも複雑なケースになると大きなミスも招きやすくなります。結果として、依頼人に迷惑をかけ、自分の日常業務にも支障を来すことになってしまいます。かっこをつけるのと、自分を磨くのとは違うでしょう。

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2013/10/19

C11 無があるから有がある

【要旨】
 老子はこの章で、有と無は相対関係であると言っています。
 1か0かという区別ではなく、物事の表面的な特徴は、有無ではなく、程度の違いであると。
 有能な人だけでは社会は成り立たちません。私たちは、様々な人々と、様々な組織や関係性の中で暮らしています。
 荘子では、類語として「無用の用」が挙げられています。まっすぐな木は、成長すると材木にされてしまうが、曲がったりコブが多い木は、いつまでも切り倒されず、立ち枯れまで生きながらえるという話です。
 どちらも同じ種類の木なのに、人の評価基準によって、伐採されたり、されなかったりする。そこにも、相対的な関係が存在するというわけです。

【解説】
 車輪を作るときには、30本の輻(や)を1つの轂(こしき)に差し込んで作る。轂の中が空洞になっているから、車輪を作れるのである。
 茶碗や部屋は、中が空っぽだから役に立つのである。
 有が有としての意味をなすには、無の働きがあるからである。

【小さな会社の場合】
 お客様が注文や相談をするときは、「大手に頼むほどではないけど、下手なところに頼むのも心配だ」という気持ちで中小の事業者に問い合わせてきます。
 このとき、大きな仕事は請け負えないけれど、技術的に遜色ないような会社が重宝されます。
 大企業は、大規模設備投資や人材採用を行うことがあり、それを数十年かけて回収します。景況やブームにより、業績が大振れすることもあります。
 小さな会社は、大型投資が不要の上に、技術・作業で収入を得ている割合が高いです。人力で収入を得るため、景気が良くても受注に限度があります。一方、不況でも、メンテナンス作業が増えるので、売上の落ち込みは大企業ほどはありません。
 小さな会社は、社会構造において、どういったポジション、収益構造をとるべきか、常に認識しておく必要があります。間違っても、安易に消費財の小売業や見込み生産にシフトしないことです。
 たいていの場合、ポジション的には現状がよいと思いますが、サービスや技術のマイナーチェンジや日ごろのスキップアップが成功要因になるでしょう。

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2013/10/12

C10 生じて有せず、長じて宰せず

【概要】道は万物を生み、万物を育てる。しかし、万物を所有もしなければ、支配はしない。これぞ、道にそなわっている大いなる得である。
 ※ 道=天地、自然と置き換えた方が理解しやすいでしょう。

【要旨】この章では、以前の章と同じことを述べています。
 万物は道(天地、自然)から様々な素材を取り込んで、その体を成しています。しかし、道に支配されている感じはしない。
 だから、自然に感謝することはあっても、恨むことはない。それは、道が恩着せがましい態度をとらないからだと、老子は述べているようです。
 ただ、希望する物、タイミングを天地に願ってお供えしても、応えてはくれないということにもふれています。
 これを受け容れられない人は、災害や病気などの不幸が重なると、天を恨むことになるのでしょう。
 つまり、人は自然にはかなわないのですから、人間側も柔軟になる必要あると言っているようです。

【小さな会社の場合】実際、他人や他の動植物、自然環境に配慮し、骨折りしている人はまず恨まれることはありません。但し、自己顕示のためでは逆効果になります。
 具体的には以下のようなチェックポイントがあります。
(1)自分を見つめ無為の道を守っているか。
→止観(しかん、日頃の活動をいったん止めて、座禅などして自分をみつめること)などして、自分が強引なことをしていないか確認する。
(2)赤子のように、たくましく、柔軟に生きているか。
→周りに抵抗することはできない。作為的ではなく、無為自然に環境に合わせて最前の生き方を選んでいるか。
(3)いささかの汚点もなく、心を清めているか。
→他社を支配したり、わざと遠ざけたり、陥れたりしていないか。
(4)愛民治国(組織統制)にあたり、才知を振り回していないか。
→法律や規則など知識や知恵に基づく方法を振り回して、管理統制していないか。必ず、従業員は逃避行動や潜脱行為に走るようになる。
(5)自然の移り変わりに対して、女性のように控えめな対応をしているか。
→環境変化に抵抗することは難しく、受け容れる方が結果的にわだかまりも少なく、対応能力も上がり、トラブルなしで生きながらえやすい。だからといって、妥協ばかりしているとい

うわけではない。
 ここでアウフヘーベン(止揚)によって、共通の目標を模索し、共生の道を探るだけのしたたかさ(頭の良さ)が必要となります。

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2013/10/05

C09 功遂げ身退くは天の道なり

【要旨】
 この章では、引き際の大切さを述べているようです。
 行き過ぎには注意せよ。身の退きどきが大切。

【解説】
 老子は、以下の例を挙げて、仕事を成し遂げたならば、身を引くのが天の道であると説いています。
①水を注ぎ過ぎればあふれる
②鋭すぎる刃は折れやすい
③財宝を部屋にためても守りきれない

【小さな会社の場合】
 小さな会社に引き直すと次のようになると思います。
①キャパシティ・オーバーの受注や投資をしすぎれば、人も機材も余る。バブル崩壊後のリストラと同じことが起き得る。
②人も機材も鋭いのは疲弊しやすい。また、対応分野が狭いと、専門性が高まり、周囲の信頼性も上がるが、時勢からはずれると振り返りもされなくなる。
 通信関係で言えば、PHS、ポケベル、PDA(ザウルス)事務機器なら万年筆、簡易印刷(プリントゴッコ)、ワープロ専用機。
 (中には、その得意な需要から、絶えそうで絶えないインスタントカメラ、ISN64もあるが。)
③財産を持つと、その保全にも金がかかる。固定資産税、警備費用、保険料。
 不動産や物でなく、預金でおいていても、急激なインフレや金融機関の破綻で一夜にして財産を失うこともある。

 理想的には、日常生活を送れるだけの収入を死ぬまで稼げばよいのだが、財産運用で稼ごうと思ってもなかなかうまくいかないのが現実。
 結局のところ、年をとってもできそうな仕事(会長、顧問、あるいは、バイトでも)を末永くさせてもらえるような人間関係を意識しておくのがよいでしょう。
 具体的には、親子間や社長・後継者のコミュニケーション、社長は別会社で第二の経営者生活を送るなど。後任の経営者がやりやすく、しかも、自分自身が老後のキャッシュフローを

得られるような関係を模索することとなります。

(余談)
 年金や老人健保、介護保険が安心して利用できる世の中なら少しは緩和できるかもしれません。
 公的保険が頼りにならなければ、不動産収入を確保するか、退職前に老後の資金をためるか、ということになります。
 しかし、不動産収入は管理費を引くと利回り8%程度にとどまり、空室が30%にもなれば、生活費に困る家主も少なくありません。管理委託費を節約しようとしても、高齢になると

自分で管理をすることも難しくなります。
 金融資産ならいいかというと、使い勝手はいいのだが、おいておくと損をするのが普通です。デフレ時には利息が少なく、1億円くらいあっても生活はできません。一方、インフレに

なり利率が上がると、利息が多いけど、現金の価値が相対的に下がってしまいます。
 物価を上回り、かつ、生活費を確保できるだけの利回りを確保するようなことは、プロの投資家でも難しく、素人なら、通常プロの餌食になってしまうことでしょう。

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2013/09/28

C08 上善は水の如し

【要旨】
 君子は、水と同じように、逆らわない生き方をしてこそ、失敗を免れることができるのである。

【解説】
 老子によると、最善の生き方は水のようなものであると言います。
 水は、①万物に恩恵を与え、②相手に逆らわず、③人の嫌がる低いところへと流れていくからです。
 水を聖人に置き換えると、聖人は、①周囲の役に立ち、②相手をコントロールしたり作為的に接することはなく、③他人を先に立ててやる、ことになります。

【小さな会社の場合】
 守屋洋氏の解説に基づいて、水の特徴から小さな会社の有り様を考えると次のようになります。
 解釈はこれに限る必要はありませんので、皆さんにおいても考えてみてください。

①君子は、低いところに身を置き、淵(流れが緩やかで深みのあるところ)のように深い心を持っている。
→ これは組織の役員、管理職の有り様を表している。

②与えるときは分け隔てがなく、言うことに偽りがない。
→ 自分の価値観で区別をし、統制するわけではないので、嘘もない。

③(他人を立てるような君子ならば)国を治めても破綻を生じず、物事には適切に対処し、タイミング良く行動に移る。これぞ水の在り方に他ならない。
→ そのような君主なら、政治ができるだろう。

 参考に、バカボンのパパの解釈も紹介します。
 「立場としては一番低いところを、いろいろな考えが浮かんだら一番深いものを、友達と遊ぶときは優しい態度を、言葉は信頼できるものを、事件が起きたら、そんなものはなくなるのだという自然任せを、何かするときはグッドタイミングを良しとするのだ。」
(バカボンのパパと読む「老子」・角川SSC新書より引用)

 いずれにしても、謙虚に、慎重に、包容力をもち、時機をみて(たいていは、すぐに)行動するのがよいということでしょう。

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2013/09/21

C07 その身を退けて身先んず

【要旨】
 天地は自分のために生きていないから永遠である、と老子は言う。
 他人の先に立つ人より、人のために働く人の方が上に立てられるようになる。
 優れた君子(聖人)はこれを心得ている、と老子は言う。

【解説】
 C05と同様、人はひたすらできることをせよと述べています。
 分野は異なるのですが、ここでは聖書の一節を例に取り上げたいと思います。
 聖書のルカ伝17章7~10節に「わたしたちはふつつかなる僕です。すべき事をしたにすぎません」とあります。
 僕(しもべ)が何をしたところで、主人は感謝の言葉など与えてくれません。
 同様に、神に対してお祈りをするのは神に仕える者として当然のことで、特別な恵みを期待してすることではないと聖書は信者に諭し

ているのです。
 C05にあてはめてみると、天地は人(動植物)に命を与えておきながら放ったらかしであり、それは、天地を拝んでも感謝の言葉やお恵

みをいただけるわけではないと理解することができます。
 おそらく、老子も、ひたすら天地のあり方を信じて、自分の勤めを果たすことのみを心得よと示唆しているように思われます。
 老子は、C07で、「天地ですら、自らのためには生きていない。まして、天地の恵みを受けて生きながらえている人が先に立とうとする

ものではない。ひたすら自分の勤めを果たせ」と述べています。

【小さな会社の場合】
 本章でも、要は、周囲との関係性について述べているといえるでしょう。
 会社であれば、社外と社内にわけて考えることができます。
 まず、社外との関係です。小さな会社が、他社より先に立つ、率いることはまずないでしょう。協働関係、たとえば、組合活動やジョ

イントベンチャーである程度の地位についたとしても、周囲に盛り立ててもらうよりも、盛り立てた方が恨まれませんし、感謝もされま

す。
 また、その様子を見ている将来の主宰候補者たちの信頼を得て、様々な情報や斡旋を受けることが期待できます。
 団体が持っている情報は、業界の中でも早く伝わってきますし、一部の幹部の間にのみに存在することも少なくありません。
 このあたりのことについては、ひごろから、社長さんたちもご存知ですし、気を回されていらっしゃることでしょう。

 次に、社内における人間関係です。
 老子的に言えば、社長はあくまでも無為自然に、自分の仕事をひたすら遂行すればよい。いちいち、取引先や従業員から「社長、あり

がとう」と感謝のことばをもらえると思うな、と読めます。
 言い換えれば、感謝の言葉をもらえないからと言ってふてくされるな、不機嫌になるなと読めます。
 現代のビジネスでは、コミュニケーション不足が問題視されていますが、老子もコミュニケーションが無くてよいと言っているのでは

なくて、見返りの言葉を求めると不満の原因になると主張しているのです。そうした考え方も葛藤を回避するひとつのアイディアと言え

るでしょう。

 今春、NHKの100分de名著「星の王子さま」をきっかけに、サン=テグジュペリの星の王子さまを読み返しました。お読みになった方

でしたら、王子さまと薔薇、キツネとの関係性を思い返してみて下さい。
 人間関係を築くというのは、要は、相手との関わり合いをもつ(相互に飼いならす)ことが必要なのでしょうね。口は悪くても、水を

やったり、他愛ない話をしていても、関わり合いになった人には情が湧いてきます。かしこまらず、そんな気持ちで始められてはいかが

でしょうか。ただし、かかわった相手には責任を持つことも忘れてはなりませんが。

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2013/09/14

C06 浴神は死せず

【要旨】
 柔軟に、控えめに、処世に徹すれば、生き延びられる。

【解説】
 老子は、道の働きを女性のあり方に例えることが多いようです。
 老子は、柔軟に、控えめに、処世に徹しつつある物は、無限の生命力を宿していると言います。

 柔軟にとは、環境に応じて行動すること。控えめにとは、地味に、こつこつと行動するということ。この二つを守ると生き延びられる

と言うわけです。

 逆に見れば、作為的、すなわち、環境と対立し、短期的効果をねらえば、短絡的になります。急進的、すなわち、目立つ行動をすれば

、諸々のものにねらわれやすくなります。このふたつを採ると長続きはしないことになります。

 今や100歳まで生きる世の中で、70歳過ぎまで働くのが常識になりつつあります。
 50歳、60歳で周囲から潰されるようなことになっては、後悔と怨嗟で老後を過ごすことになることでしょう。

 老子がこの章で主張しているのは、女性のような包容力を持てというのではなく、周囲を見据えて、目立つことをせずに、延々と仕事

を続けよ、というものでしょう。

【小さな会社の場合】
 小さな会社にとっては心強い言葉だと思います。
 大企業は、多くの資金と大勢の研究開発者(人件費)を投入して新製品・新サービスを自ら作り出す必要があります。このようなこと

は、小さな会社では、そもそも難しく、うまくできても、大手が物量作戦で参入してくる可能性があります。
 でも、小さな会社は、新製品・新サービスの普及のために、現場の戦力として製造元から必要とされています。小さな会社は、多額の

資金を準備せずとも、コツコツと新技術、新商品の知識を身につけていけばよいし、そこに社会的な役割が求められています。
 このコツコツは、面倒で時間がかかるので楽なことはありません。だからこそ、他社との競争を避けることができますし、他業種の参

入を阻むことにもつながるのです。
 小さいながらも、「できることからコツコツと」取り組んでまいりましょう。

◆ [紹介] 知り合いの弁護士・会計士が新刊を出されました ◆

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