2018/06/26

【読書】君たちはどう生きるか


 今更ながら読んでみました。

 主人公・コペル君へのおじさんの的確な質問がなかなか勉強になりますね。

 おじさんからの質問で、消費しかしていないコペル君が社会に貢献していることは何だと思う、というのがありましたが。
 正解はないとのことでしたが、どんなことでしょう。

 コペル君が、勉強や文化を引き継ぐことで、将来の日本や世界のを担っていけるようになる、つまり、先行投資を受けているということなのでしょうか。
 これだと、小中学生に期待を寄せた答えですね。

 現在あるインフラを使うことによって、インフラの維持(継続)に貢献しているということなのでしょうか。
 これは、内需拡大策を主張するコメンテーターみたいな答えですね。
 でも、これは、コペル君に限らず、世間一般の人が消費を通して社会貢献するということが言えます。
 鉄道や電気、水道といったハード・インフラを使い続けることは、供給者側に需要を伝えることになり、インフラの更新や改良につながります。
 法律や自治会の子ども会や防災・防犯活動といったソフト・インフラを使うことも同様ですね。改正を促しつつ、よりよいインフラに改良されていくことになります。
 ごく最近ですと、世界遺産に指定された日本の”古いもの”も利用することによって維持・管理・保管がなされています(いくことになりました)。

 そのほかの解答例としては、、、思いつきませんが、文脈からして経済学(経済合理性)のアプローチで考えればよいのかなとは思います。

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2017/09/01

書籍:あきない世傳金と銀(源流編)


 最近では、店の看板に傷をつける、という言葉の意味が実感としてよくわからない時代だと思います。
 一般の消費者においては、その店の旦那が妾を抱えていようが、賭け事に店の金をつぎ込んでいようが、あまり意識しないでしょう。
 何人かのスタッフを雇っているお店ですと、月々給料を払わないとならないので、資金ショートを迎えると、その前兆を見せることなく突然に閉店し、利用者の記憶からもあっさり消えてしまいがちです。

 しかしながら、さすがに、仕入先や金融機関はよく見ているなぁと思います。
 社長が商売以外のことに没頭し始めると、商売がおろそかになり、売上=資金を確保できなくなる。女性やばくちだけでなく、分不相応な贅沢(なぜと思うようなイベントやパーティーの開催)をしても、取引先の与信記録に残るようになっています。
 自分の信用が落ちていることを知らないのは、当の社長さんだけだったりします。

 て、本書では2つのテーマが扱われています。
 ひとつは、、学問をしたいながらも家庭の事情で大坂の呉服屋で女衆として奉公に出された9歳の女の子・幸やその周りの大人たちの心の葛藤を描いています。
 もうひとつは、幸と番頭さんの質疑応答を通して語られる流通業の意義と店の信用です。

 主人公の幸が9歳ながらにして番頭さんに「お客さんはなぜ問屋から買わずに小売商から買うのでしょうか」との質問をする場面があります。
 番頭は好例を挙げて、問屋や小売の役割を紹介しますが、さらに、もっと大きな観点で流通を説明した箇所が印象的でした。
 たまに悪さをする連中もいるけども、大きな物の流れを円滑に進めることが流通業全体の役割だと。

 また、少しだけですが、物の流れと裏腹に資金の話が出てきます。
 商人が両替商に金・銀を預けて振り出してもらう手形の話です。
 幸は、紙が金・銀の代わりになることを不思議に思いますが、番頭との会話の中で、店の信用がこの紙片の価値を担保していることを知るに至ります。
 幸は、その信用に影響を与えることのひとつが旦那の素行であり、店の旦那が廓屋に通い詰めていることが町中の評判になることで、手形の信用が下がることも学びます。

 久しぶりに小説を読みましたが、人情と経済事情が混じった物語も面白いものですね。
 続編もあるようなので、次を読んでみたいと思いました。

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2017/03/13

秩序なき時代の知性

 哲学者や弁護士、学者との対談集。
 全体的にこの対談集は、楽しく読み進めることができた。

 ビジネス書作家の木暮太一氏とは、働くことの経済的な意味について話が展開されている。
 小暮氏は、マルクス経済について勉強するにあたり、自費出版で解説書を作ったという。かなりのバイタリティの持ち主なのだろう。
 その氏が、金持ち父さん貧乏父さんの本を読んで、やはり自分の理解が正しかったと述べている。私も同じように理解していたので、いまさらながらに安心した(正解とは限らないが)。
 佐藤氏はマルクス経済について解説している本があるのだが(資本主義の極意など)、直感的にわかる例示が少ない。マルクス経済と神学に関する本については、具体例が少なく、難解なものが多いように思われる。

 弁護士の水野祐は、デザインやITの知的財産権に強いようだ。
 佐藤氏によれば、AIが進むと公認会計士の仕事はほぼ消え、税務署との交渉の余地がある税理士が残るとか。
 これから弁護士になる人は、芸術やITなど、法律分野以外についての知識がある人の方が業務の専門化ができ、生き残れるだろうという点で、両者が合意していたのが印象深い。

 與那覇潤氏は中国化する日本という本で注目を浴びた新進の歴史学者だ。
 岩波文庫の日本通史を読んだだけで同書を書いたということで、従来の歴史学者と知識は異ならず、単に、ものの見方を変えただけだそうだ。同書では、彼の見方を伝えることもさることながら、事物の見方を変えるだけでかなり理解の仕方が変わり、あるいは、理解が深まるということも伝えたかったそうだ。

 本書を読んでいたら、就職当時を思い出した。平成の初めになるが、監査法人の代表社員と話していたら、彼らは「専門特化した」会計士を求めていると言っていた。ジェネラリストは必要ないと。
 しかしながら、クライアントの不正会計のやりくちを理解するには、質問力だけでなく、多角的な視点と想像力が必要である。
 専門特化するための下地として、やはり、広範な知識・教養を身につけることができれば、専門家になるにしても望ましいと思う。

 そうは言っても、具体的なテーマに直面しないとなかなか勉強する機会もないものではある。
 そんな中、世界の大国の動きに変化が出始めている。自国の利益を優先し、対外的な接触を減らす方向に動き始めているようだ。
 日本は世界の後追いをすることが通常なので、世界の動きの今をどう理解したらよいのだろうかと思いなおしていたところ、昨年には、ビジネスマン向けに世界史や地政学の本が多く売られるようになった。感じることはみな同じなのだろうか。
 そうした書籍の中で、高校の世界史教科書を読み返すことが推奨されたいた。さっそく高校教科書を購入し、目次を見てみた。すると、現在の大国を知る上で必要そうな項目が並んでいることに驚いた。
 国公立大学上位校に合格した人たちは、教科書のコラム欄まで暗記していると聞く。いやはや、社会のスタート地点において、すでに教養面で明らかな差をつけられていたことに今さら気づかされた。
 学習適齢期は過ぎてしまったが、死ぬまでニュースを聞いて楽しむために、歴史教科書を熟読してみようと思った次第である。

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2017/03/06

世界の宗教がわかる本 ひろさちや著 


 実は、読んだ本を図書館に返却したので、書名がわからなくなってしまった。
 まあ、著者の本はたくさんあるので、似たタイトルの本を挙げておく。

 面白いと感じたのは「どうしてキリスト教徒はおせっかいなのか」と「キリスト教では仕事が苦しみ」であること。
 前者は、聖書の記載をたてに、帝国政治が勢力を伸ばした口実に使われたものである。
 後者は、欧米人はワークライフバランスがとれているという話。日本人は、卑弥呼のころから、神とともに仕事をしてきたので、仕事をすることが喜びになっており、終業時刻になってもなかなか帰らないとか。

 現象を説明する上で、なかなか面白い分析である。
 著者の一般読者向けの本は、世界の出来事、特に米国と中近東との関係を分析することができるほどに役立つかどうかは不明だが、、一杯飲みながら雑学を交わすのにちょうどよいと思う。

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2017/02/27

だれが幸運をつかむのか 山 泰幸 著


 20年前くらいから昔話の「むかし、むかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがおりました。。。」の書き出しがどういう意味を持つのだろうか、気になっていた。
 心理学者の本などでは、異空間へいざなうための決まり文句だとのことでしたが、部分的にしか納得できずにいた。
 本書では、この疑問にひとつの答えを提供してくれた。

 桃太郎や傘地蔵、蛇婿入、鶴女房、洟たれ小僧、花咲爺さんを例にとりながら、昔話の構造の構造として、子ども・富の欠乏・充足、無償贈与・そのお返し、犬(動物)からの施し・それに対する侮辱された感の組み合わせを提示している。

 著者の整理によれば、次の3人が幸運をつかむとのことである。
1)身近な人からの純粋贈与を受けることで幸運をつかむタイプ
2)見知らぬ人からの純粋贈与に気づいて、そのことにつねに感謝を示しながら生きることで、幸運をつかむタイプ
3)見知らぬ人からの純粋贈与に気づかずに、自らの才覚で幸運をつかむタイプ

 もっとも、程度の差はあれども誰でもこの3つの側面を持っているので、3つの人物像を手掛かりに自分自身の生き方やコミュニケーションを見直してみるのも幸運をつかむヒントになるのではないかと提案して締めくくっている。


 自分自身を見直してみるというのは、内観とでもいうか、自己啓発を促すようである。そのような活かし方もぜひ試みたいと思う。
 ただ、今回は、昔話の含意を知りたかったので、そのあたりについて、1点触れておきたいと思う。
 子どもが傘地蔵の読み聞かせを聞いても、「どうして苧環を傘に替えたのか?」「どうして地蔵に傘をかぶせるような無駄なことをしたの?」「どうして傘がひとつ足りないの?」「どうして爺さんの家の場所がわかったの?」と感じるこことはほぼなかろう。よいことをしたら恩返しがあるよ、くらいの物語になってしまう。
 10回も20回も聞くとだんだん気づいてくるのかもしれない。あるいは、囲炉裏端で昔話を聞いていたころは、おとなも子どもも混ざって聞いていたのかもしれない。何十回も聞いていると感覚的に周囲の純粋贈与なるものに気づけるようになるのかもしれない。

 まだ現役世代なので、専門書を読むのが優先となるが、易経あたりの繰り返し読みをして、本質を会得することに挑戦してみようかと思う。

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2016/08/28

英語化は愚民化


 英語化は、日本人の創造性を奪う政策である、また、新自由主義者が打ち出す政策の一つである、と論じている一冊。

 中でも面白かったのは、夏目漱石が、最近の学生は英語の勉強が衰えているという趣旨の話を書きとめていることである。
 明治期に、伊藤博文など政治関係者に限らず、岡倉天心、津田梅子らも欧州に留学・居住し、法律、芸術や文化に係る知識・語彙を持ち帰ってきた。
 先人たちの努力や経験をもとに、知識や語彙が日本語化され、日本の学生たちは母国語で学問をすることができるようになった。
 だから、英語への勉強熱が下がるのは自然な現象であるというわけだ。
 (私が英語に取り組まない理由もここにあるのだろうか、余計なひとり言だが)

 近年のグローバル化にのせた英語教育の過熱ぶりは、時流において行かれないようにという焦りによる消費者行動であろう。
 著者によると、新自由主義者が打ち出す政策には3本柱があると言われているそうだ。
 1.開放経済 ⇒ 貿易、投資、人の移動を国境の垣根を低くして自由化する
 2.規制緩和 ⇒ 政府による経済活動への規制は最小限に抑えるべき
 3.小さな政府 ⇒ 政府は財政規律を守り、公営企業は民営化してスリム化せよ

 日本語が英米から見ると関税障壁に見えるようである。だから、日本としては、開放経済を実現すべく、役所や企業でも英語を公用語として使用する方向で、小学校でも”英語化”教育を進めているそうだ。一部の大学ではオール・イングリッシュで授業をしているそうだ。

 本書では、外国の例を紹介しながら英語化の弊害をいくつか指摘している。
 英語を使いこなせるのは一部のエリートであり、使えない者との格差が当然に開いていく。しかも、その一部エリートにおいては英米の手先になってしまう怖れもある。
 また、知識や技術も英米から輸入してしまえばよいと考え、若者の創造性が低下することも懸念される。

 さて、読後に思ったことだが、専門職や独創性の高い人にとっては、英語化されてもそれなりにやっていけそうな気がする。
 すでに、研究・開発技術者、法曹、会計士などは部分的にではあっても英語化されている。
 一方、不動産関係や証券取引関係、地方銀行などはどうなのだろうか。国内エリートだが、英語化についていけるかどうか不明な部分もある。
 単純労働に従事している人は、英語化とは関係なく働けるかもしれないが、国境を越えて入ってくる外国人単純労働者と価格競争を行うことになるのだろう。小さな政府は、彼らに何もしないですませるのだろうか。

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2016/08/26

史論の復権


 「中国化する日本」で著者は、グローバル化が進むときには共同体や中間組織
(イエ、ムラ、会社)が崩れる方向に動くという主旨のことを説いていた。
 本書では、共同体や中間組織という「中間的なもの」を軸に7人の識者(学者
など)との対談をまとめたものである。
 第二次世界大戦後に膨れた中間層がバブル経済崩壊後20年を経て衰退し、経済
的に二極化してきていると指摘し、今後の日本(政治)が「中間的なもの」をど
う扱っていくべきかについて話している。

 私が属する自治体、商店街、同業者組合への参加率が低く、高いところでも15%前
後、6人に1人くらいしか参加しない。
 従前、こうした国と個人とをつなぐ中間組織への依存・需要が下がったものではな
いかと考えていた。
 自治体、商店街でいえば、個人が行政に単独でアクセスできるようになっている。
発表前情報や先行き情報を欲しいと言うのではなければ、加入するインセンティブ
がない。
 事業協同組合では、斡旋業務がかなり衰退している。共同購入や斡旋販売のよう
な卸小売業については、ネット販売や民間企業の努力により壊滅的になっている。
販売よりも、クレジットカードや保険に代表されるように、紹介手数料を稼ぐビジネス
になっている。また、公民ともに競争入札的な取引をするようになり、仕事の斡旋な
ども部分的にしか残っていない。
 結局のところ、手数料でもうけた組合は、組合費を下げることで組合離れを防ぐの
で手一杯というところが多いのではないだろうか。
 同業者組合も、昭和の時代は後輩の仕事の面倒をみてやっていたそうなのだが、
私が独立したころ(バブル経済崩壊後)にはすでにそのような余裕が組合員になか
った。
 いずれの共同体も、すでにその中で事業活動をしていれば何とか食えるという状
況からはかなりかけ離れているという状態である。

 一方、文科省は、地域の子どもを地域の住民が育てる、里山(ビオトープ)をつくる、
体育の授業に武道を取り入れるなど、パトリオティズムを意識した施策を進めている。
 今後の共同体は崩壊(あるいは解放というのか)する方向に向かうのか、再江戸
時代化により踏みとどまることができるのか。

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2016/08/24

<凡庸>という悪魔 


 思考停止の大衆は、大衆迎合的な言説にすがるようになることとその弊害につ
いて解説している一冊。

 近年のマスコミ批判とともに視聴者側の不見識さを問題を指摘する識見者も少
なくない。著者は、そうした学者の一人である。
 著者の専門は都市社会工学で、土木政策を推しており、現在は、内閣参与(近
畿地方の有力代議士が推薦したという話もある)でもある。

 著者によると、アダム・スミスの古典派経済学の前提には道徳情操論があるが、
フリードマンによる新古典派経済学あるいは新自由主義なる全体主義には、道徳
や倫理がなく、その点が古典派との違いなのだそうだ。

 著者の表現の仕方には賛否あるでしょうけども。
 そもそも、経済モデルは消費者や生産者の心理が単純に表現されているだけで、
基本的には大まかな方向性を示す手法として使われるべきでしょう。
 多くの人が目にする大学教養課程のテキストでは、1次線形で表されているく
らいで、パラメーターは少ないし、情報と計算の完全はないに等しい。

 経済政策を打ち出す際に、ある種の思想として学説が用いられていることがあ
る。経済施策ありきで、その論拠として経済理論(ケインズ、新古典派)が使わ
れているのであろう。
 では、経済施策は何かと言えば、つまるところ、為政者の”想い”だろう。
 想いとなると、必ずしも経済合理性を追求するわけではないから、学者や経済
評論家の目には為政者がわからず屋に映るのかもしれない。

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2016/07/21

佐藤優さん、神は本当に存在するのですか?


 今年2月に出版された一冊。

 「そんなバカな!」で、動物行動会社として、男の浮気について母親が寛大である理由を説明してしまい、学界からも一般女性からもバッシングを受けてしまった竹内久美子氏が、外務省OBで同志社神学部で修士まで取得している佐藤優氏と対談した内容をまとめた本。

 動物行動学者の竹内氏は、つねづね「何時の隣人を愛せ」のくだりについて疑問に思っていたそうで、これをカルヴァン派の佐藤氏に率直に問うています。
 対談は、ドーキンス「神は妄想である」をきっかけとして始まりますが、竹内氏は、親族以外の他人、さらには、世界の人々を愛することは動物行動学からして納得いかないとのこと。
 これにたいして、佐藤氏が、明快(?)に応えています。

 また、キリスト教が2000年も残り続けてきた理由として、佐藤氏は「いい加減な宗教だし、聖書には矛盾がある。だから二千年以上、時代の変化に耐えてきたんです。」と説明しています。

 世界史のテキストでも、313年のミラノ勅令で、ローマ皇帝がキリスト教を公認した経緯が記載されていますが、おそらく、為政者の使い勝手が良かった、解釈の幅が広かったということなのでしょうね。
 なにより、開祖・パウロがかなりの人たらしだったことが、公認された大きな理由だろうということです。使徒言行録はパウロの書簡だそうなので、今度、読んでみようかな。コミュニケーションに役立つかも。

 佐藤氏によれば、聖書は一連のお話がつづられているのではなく、個々、具体的な場面に合わせて、救いの途を与えているのだそうです。だから、場当たり的な話が並んでいて、矛盾もあるとのこと。
 そういえば、元日銀総裁の速水氏もキリスト者で、ビジネスマン向けに、聖書の言葉を抜粋したものを出版していましたね。

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2016/07/20

よくわかる民事裁判[第2版]


 法廷寸劇と大学の先生による逐次解説、といった内容です。

 2005年の発刊ですので、その後の法改正には留意が必要です。
 ストーリー仕立てで、初学者が民事訴訟法を勉強する前に読むには抵抗がないと思います。
 ある日、突然、家主から立ち退きを迫られた主人公が、弁護士と一緒に法廷で奮闘するお話です。

 さすがに、訴訟の進み方については、あちこちでつまみ読みをしていますので、寸劇に出てくる範囲の手続はだいたい知っていました。
 でも、解説では、各手続の意義、問題点が記されていまして、学習者にとってはヒントになりそうです。

 民訴は眠素とも言われるそうで、テキストだけを読んでいるとつまらんらしいです。
 私も民訴の基本書をまだ開いていないので、どうなっているのかわかりませんが。。。

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